未来を変える薬と 誰もが健康な社会を作る 矢野嘉行さん(中外製薬上席執行役員)
2026年3月17日

中外製薬上席執行役員、矢野嘉行さん(人事・ESG推進統括)
製薬大手、中外製薬株式会社(東京都中央区)は、社会とともに発展する「共有価値の創造」を経営方針とし、サステナビリティ(持続可能性)を重視した経営を掲げています。社会貢献や災害支援にも力を入れ、AAR Japan[難民を助ける会]にも何度もご支援をいただいています。同社の原点と目指す未来について、矢野嘉行・上席執行役員(人事・ESG推進統括)に聞きました。
(聞き手:AAR東京事務局 太田阿利佐/2月10日にインタビュー)
原点は関東大震災
――中外製薬は昨年創業100周年を迎えられました。
矢野 当社は独自のサイエンスと技術を強みとする研究開発型の製薬企業です。創業者・上野十藏は、関東大震災の惨禍と医薬品不足を目の当たりにして、世の中のためになる薬を作りたいと考えました。当時、薬は輸入品が中心でしたが、いつかは日本発の薬を作るんだという使命感が出発点だったのです。1970年代には企業三原則として「社会性の追求」「人間性の追求」「経済性の追求」を打ち出し、1980年代には他社に先駆けて遺伝子組換え技術や細胞培養技術といったバイオテクノロジーによるバイオ医薬を中心に、さまざまなイノベーション(革新)を起こしてきました。
――70年代といえば高度経済成長の最中。ずいぶんと早い時期から、人間性や社会性、今でいうESG(環境Environment、社会Social、企業統治Governance)を重視する経営をされてきたのですね。
矢野 二代目社長・上野公夫の「人々の健康に貢献する」という強い意志を引き継ぎ、サステナビリティを事業活動の中心に据え、社会課題の解決をリードし、社会とともに発展することを目指しています。成長戦略「TOPI (トップアイ)2030」では、「患者中心の高度で持続可能な医療の実現」を掲げました。「患者中心の高度な医療」とは、一人ひとりの患者さんにあった薬や治療法の開発や、クオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life、QOL)つまり生活や人生の質を向上させていく医療を意味しています。一方「持続可能な医療」とは、医療へのアクセスなどが大きなテーマになります。世界には未だ治療法がない病気に苦しむ人々、あるいは治療法があるけれど貧困や制度上の理由で必要な医療を受けられない方々がいます。どんな国、どんな場所でも適切な医療が受けられる環境を作りたい。つまり事業としては薬とサービスを提供し、それにアクセスできる人を、日本だけではなくAARさんが支援しているような途上国も含めグローバルに増やすことを目指しています。2002年から世界有数の製薬企業であるスイスのロシュ社と戦略的アライアンスを組み、私たちが開発した新薬を世界に届け、ロシュの薬を日本の患者さんに届けているのもその一環です。まだまだ道半ばです。
能登でボランティア活動も
――中外製薬さんと当会とのご縁は、2015年に東日本大震災被災者支援の社内販売会を開催していただいてからです。九州豪雨やトルコ地震、最近では能登半島地震やミャンマー地震に多額のご支援をいただいています。
矢野 能登半島地震後は、会社をあげて、ボランティア活動にも行き、石川県などが設立した能登官民連携復興センターに社員も派遣しています。最近も本社内で能登の物産販売会を開きました。昨年11月、私も現地に行ったのですが、予想以上に復興が進んでいない印象でした。海岸沿いを歩くと、土地がかなり隆起していたり、まだでこぼこの道があったりして本当に大変だと実感しました。たまたま地震の1年前に個人旅行で能登を訪れていたのですが、にぎやかだった朝市が見る影もなくて、胸が痛みました。2024年夏の大雨被害もあり、若い人が能登に帰ってきていないのが問題だと現地で聞きました。

輪島市の白米千枚田での草取りを手伝う中外製薬の社員ボランティア=2025年6月2日、同社提供
AARさんの事務所にも伺い、能登に常駐してサポートを継続されている姿を目の当たりにして、とても共感し、本当に素晴らしいなと思いました。復興に向けてはいろんな形で被災者の支援を続けていかなければならない。今後も、私たちがお手伝いできることがあれば、と思っています。
サステナビリティは事業の中心
――御社は、国連人口基金とともに子宮頸がん撲滅プロジェクトを推進しているほか、障がい者スポーツ支援、在宅福祉移送車両の寄贈、使用電力の再生可能エネルギー化などサステナビリティや社会貢献に非常に力を入れています。一方、医薬品業界は開発研究に莫大な投資が必要です。売上高1兆円を超える大企業とはいえ、熾烈な競争の中で社会貢献に人や資金を割くのは大変ではないですか。
矢野 私どもは、経営の基本方針として「当社と社会の共有価値の創造」を掲げています。これまで病気によって日常生活に不安や制約を感じていた患者さんが、新薬によって治癒したり、日常生活の質が向上していく。我々は新薬やサービスを提供することで社会に貢献し、そうして生まれた治療薬が患者さんや家族を幸せにしていく、これが「当社と社会の共有価値」です。
こうした共有価値創出の源泉は、人財資本、技術・知的財産などの知的資本、ロシュ社も含めて外部の方と協力する社会関係資本、そして環境・エネルギーなどの自然資本です。ですからサステナビリティを事業活動の中心に置き、「患者中心の高度で持続可能な医療の実現」のための重要課題を定めて、地球環境、人権、社会貢献などに積極的に取り組んでいます。重要課題の軸の一つはCo-creation(コ・クリエーション)。私たちは日本語で共創と呼んでいますが、いわゆる薬、医療の世界だけではなく、私たちが目指す価値観や方向性に共感するパートナーと一緒に社会課題を解決することです。AARさんはそのパートナーとして捉えてとらえています。
AARと共通する理念
――経営目標の中に「社会との共生」がしっかり組み込まれているのですね。AARをパートナーとしていただいた理由は何でしょうか?
矢野 これまで色々と接点を持つなかで、AARの基本的な考え方、理念に共感したのが第一の理由です。人間の尊厳を大切にし、一人ひとりが自分らしく生きて活躍できる、そういう共生社会を重視されている点に共感を持ちました。また日本発のNGOとして「困った時はお互いさま」の気持ちを大切にされていますが、これはまさに当社が原則としてきた「社会性」だと思っています。日本の心を大切にされ、災害や紛争の発生時に真っ先に駆け付けている点も非常に好感を持っています。
私たちも人々の健康に貢献することを企業理念としていますし、社会貢献のありかたとして、健やかな一人ひとりのための医療、誰もが健やかに自分らしく暮らせるための社会、次世代の育成の3点を基本としています。AARさんの考え方と共通点が多いと考えています。

中外製薬協賛で開催された、能登半島地震の外国人被災者の交流会=七尾市で2025年11月23日
アジアの途上国に保健医療を
――今後、中外製薬として特に注力していきたい社会貢献の分野はありますか。
矢野 国連が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」は「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」を掲げています。中外製薬としても、この目標にかかわるグローバルヘルスにおける社会課題、すなわち保健医療へのアクセス向上にむけて取り組んでいきたいです。また、当社は今年から101年目という新しい一歩を踏み出します。次の100年を担う次世代の育成、その土台となる健やかな社会にバトンを繋いでいけるよう、災害支援を含めて持続可能な社会づくりに継続的に貢献していきたいと思っています。その観点でも、社内外のステークホルダーやAARのようなパートナーとの共創が大事です。特にアジア等の発展途上国における保健医療へのアクセス、災害で困難に直面している方への支援は、継続して進めていきたいと考えています。
――最近は、自国第一主義の風潮もあり、国際協力や環境問題に消極的になる企業もあるようです。中外製薬のような、企業の価値創出と社会課題の解決への貢献の両立に挑む企業は今後出てくるでしょうか。
矢野 出てくると思います。当社同様、他の企業もそれぞれミッションがあり、逆境は乗り越えなければならないと感じていると思います。そのためのコラボレーションは今後も進んでいくでしょう。私たちもそういう企業と一緒に、また負けないように、もっともっと貢献できることをやっていこうかなという思いでいます。
――お話をお聞きしていると、ちょっとわくわくしてきます。
矢野 そう言っていただけると、すごくうれしいですね。
ひとこと アメリカのトランプ政権が世界保健機関(WHO)からの脱退を表明し、世界の保健医療事情の悪化が懸念されている。難民支援に関わる者として暗い気持ちにならざるを得ないが、矢野さんの話を聞いていると、なんだか希望が湧いてくる。「資金に余裕があるから社会貢献に回す」のではない。「なぜ薬を作るのか。金儲けのためではなく、人を幸せにし、社会に貢献するためだ」という理念が経営の根幹にあるから、中外製薬は揺らがない。競争ではなく共創がつくる未来は、きっと明るい。

太田 阿利佐OHTA Arisa東京事務局広報担当
全国紙記者を経て、2022年6月からAAR東京事務局で広報業務を担当。



