特別インタビュー Interview

ゴスペルの歌声で世界をひとつに ジェンナさん(NGOゴスペル広場代表/ゴスペル講師)

2022年4月27日

米国発祥の福音音楽として知られるゴスペルを楽しく歌いながら、開発途上国の教育支援、フェアトレード推進など国際協力に取り組むユニークな団体がある。2007年に設立されたNGO「ゴスペル広場」(東京都渋谷区)。代表を務めるゴスペル講師、ジェンナさんにゴスペルに懸ける思い、エネルギッシュな活動の原動力、「ゴスペル×国際協力」が目指すことについて伺った。

(聞き手:AAR 長井美帆子・太田阿利佐/2022年3月14日にインタビュー)


自分のために歌う「日常の歌」

――10代の頃からゴスペルに夢中だったそうですね。ジェンナさんとゴスペルとの出会いについて教えてください。

ジェンナさん ゴスペルはもともと、米国で生まれたアフリカ系アメリカ人の教会音楽です。私が初めてゴスペルを知ったのは15歳の時、テレビで映画『天使にラブ・ソングを2』(主演ウーピー・ゴールドバーグ)を観たことでした。それは衝撃的な体験でした。皆で声を合わせ、体を揺らしながら大きな声でハーモニーをつくる。チーム一体となって全身全霊で歌う。その楽しさに目覚め、米軍横田基地の教会に入って、本物のゴスペルの歌唱法や指揮法を学びました。アフリカ系アメリカ人の信者が100人ほどいる教会で、皆が大声で伸び伸びと歌っていました。

それまで歌というのは、映画やコンサートでとんでもなく上手な人が歌うもの、練習して誰かに聴かせるものだと思っていました。でも、本物のゴスペルは日常生活の中にありました。日曜日に教会で家族や隣人と一緒に、祈りや感謝、懺悔などを歌声に乗せ、神に向かって訴える。ゴスペルには上手いも下手もなく、ただ自分のために歌う。そうして礼拝が終わる時にはすっきりして、次の一週間を生きる力を得るのです。

自ら主宰したゴスペルワークショップのメンバーと=2007年9月

さまざまな葛藤経て歌い続ける

――ゴスペル広場を始めるまでには紆余曲折もあったと聞きます。

ジェンナさん 教会の人々にとって、ゴスペルはあくまで伝道のためのもの。私はクリスチャンですが、クリスチャンでなくてもゴスペルを歌いたい人たちが集まれば、そこから仲間やコミュニティが生まれます。私は人と人をつなぐ音楽としてのゴスペルにひかれていきました。その考え方の違いが次第に大きくなり、結局は教会を離れることになりました。その教会の教えは、お酒もたばこも一切禁止で、ゴスペル以外の音楽を聴いてはいけないという厳しいものでした。しかし、日本社会では仕事や友人関係の中でお酒を楽しむこともあります。ゴスペルをきっかけにせっかく教会に通い始めた日本人が、そうした文化の違いでたくさん離れていってしまったんですよ。通訳として教会関係者と日本人の橋渡しをしていた私も責任を問われ、すごく落ち込みました。

私自身も教会を辞めて、一時ゴスペルから離れた時期がありました。その後、大学を卒業して企業に勤務したのが、次の大きな転機になりました。取引先などとの雑談の中で、どうしてもゴスペルの話題になってしまうんですが、「自分もやってみたい」という人がすごく多かったんですね。そこで「ゴスペル×国際協力」を掲げてNGO「ゴスペル広場」を設立し、仲間が集まる場である渋谷のスタジオを「ゴスペルスクエア」と名付けました。2年後には、各地の支部として「サニーサイド・ゴスペル・クラブ」をスタートし、現在は全国25カ所ほどに広がりました。

サニーサイドには、私が19歳の時、教会に通っていた頃に作った4カ条の心得があります。それは、過ぎたことは忘れるべし、明日のことは神に任せるべし、我を忘れてゴスペルを歌うべし、明るい気持ちで家に帰るべし――というものです。

「国際協力×ゴスペル」のきっかけは

――とても素敵な言葉ですね。ところで、なぜ国際協力とゴスペルを結び付けようと考えたのでしょうか。

ジェンナさん NGOゴスペル広場のキャッチフレーズは「楽しい時間のために使ったお金が、他の場所で大きな力になる」です。ゴスペルを歌う会の毎月の会費やイベント参加費の一部を、国際協力のために寄付しています。皆さんの協力のおかげで、これまでの寄付の累計は約3,800万円になりました。

もともと私はアフリカに興味があり、高校卒業後の夏にワークキャンプに参加して西アフリカのトーゴを訪ねました。現地で同世代の子たちと話して、驚くほど貧しく、おカネがなくて学校にいけないという話をたくさん聞きました。

日本とトーゴでは1万円の価値が全く違っていて、もし1万円をトーゴに持って来れば、すごく大きな力になるんじゃないかと思いました。居ても立ってもいられなくなり、奨学金プロジェクトを立ち上げましたが、ただ「寄付して」と言ってもおカネは集まらないという当たり前の壁にぶつかりました。19歳でそれに気付くことができて良かったと思っています。いろいろ方法を考え、ゴスペルの講習会を開いて、その参加費を奨学金に充てることにしたんです。すると、もう皆さん喜んでおカネを出してくれました。その時に「あ、私にできることはこれだ!」と思いました。

奨学金プロジェクトは、現地との連絡や調整がとても大変でした。そこで、日本には現地で活動する多くの支援団体があるのだから、自分はその資金作り、ファンドレイジングを役割にしようと思ったのです。それで他のNGOを応援すればいいんじゃないかと。「楽しい時間のためにつかったお金が、他の場所で大きな力になる」というコンセプトは、19歳の時から一貫して変わっていません。

18歳のときに訪れたアフリカ・トーゴ。現地の子どもたちと=2000年7月

信頼感もってAARを支援

――AARに2017年以降、毎年ご寄付いただき、今般のウクライナ人道危機の緊急支援にも協力してくださっています。当会に期待されるのはどんなことでしょうか。

ジェンナさん 6年ほど前、シリア難民問題をテレビで知って私たちも支援したいと考えました。それまで開発途上国の教育や水資源関連の団体への寄付は行っていたのですが、難民支援に取り組む団体はよく知りませんでした。インターネットでさまざまな活動を調べたうえで、実際にAARの方からお話を伺い、現地の人々の声をよく聴いてしっかり活動されていることが分かり、安心してAARさんを選びました。

私たちはおカネを集める立場なので、その資金を難民の方々のために有効に使っていただくことが一番です。毎年1回程度、コンサートの場でAARさんの活動について説明していただいたり、ビデオで紹介してもらったりしています。ゴスペル広場のメンバーも、自分たちの支援が誰かの役に立っていることを実感できて、とても喜んでくれます。

今回のウクライナ危機でも、AARさんはすぐ行動してくれると信じていました。軍事侵攻が始まってすぐの2月25日、緊急支援開始と募金呼び掛けのメールが届いた時は「来たー!」と思って、すぐにメンバーに転送し、メンバーたちもそれを拡散してくれました。ある方は「ジェンナを通して寄付できるのが一番の安心だ」と言ってくれました。そういう互いの信頼が何より大切だと思っています。AARさんが信頼できる活動を現地でされていることは分かっていますので、それをきちんとやり続けてほしいとお願いするだけです。

支援しているスリランカの裁縫センターの女性たちと=2008年

International Water Projectを通じて、ケニアに井戸のポンプを寄贈=2013年8月

新プロジェクト“Sing in Unity”

――新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、ミャンマー、アフガニスタン、そしてウクライナと世界中で人道危機が相次いでいます。そうした状況にあって、音楽とりわけゴスペルを通じて、何ができると思いますか。

ジェンナさん できることは、たくさんあります。今年新しいプロジェクト“Sing in Unity”(シング・イン・ユニティ=ひとつになって歌おう)を始めました。コロナ感染が始まって以降、オンラインで歌声や演奏を集めてひとつの作品を作る取り組みが広がりました。 “Sing in Unity”は私が歌をつくり、世界各地のいろんな人に歌声を送ってもらって、それをオンラインでまとめて世界中でリリース(発売)する計画です。第一線プロモーターも入っての世界デビュー企画です。すごいでしょ?私たちのゴスペルスタジオも、コロナ禍になってから「オンライン会員」制度がスタートしました。北海道や八丈島、インドネシア、南アフリカなど様々な地域に住む日本人がメンバーになってくれて、このような作品作りをしてきました。今回のプロジェクトは、この2年間の経験を生かして世界規模に広げたものです。

ゴスペルはキリスト教の宗教音楽なので、「一緒に歌おう」と呼び掛けてもイスラム教の人たちは参加することができません。宗教を問わずに歌えるクワイヤー(合唱)音楽をつくりたいというのが、私がずっと夢見ていたことなんです。どの宗教、どの人種、どのジェンダーの人でも手を取り合って歌えるハーモニー音楽、そういうジャンルをつくりたいとずっと思ってきました。Facebookで参加者を募っていて、すでに300人ほど会員がいます。米国のプロ歌手の方もいるんですよ。

私は現在、ニュージーランドに住んでいるのですが、コロナ禍が始まってからワクチン推進派と反ワクチン派の分断を目の当たりにしています。その分断には、先住民族マオリ対ヨーロッパ系という人種間の対立も垣間見えます。私は双方に友人がいて、どちらとも話をするのですが、マオリの人たちには白人の友達がほとんどいない、白人の人たちにはマオリの友達がほとんどいない、お互いの接点の少なさをとても感じています。私は第三者の日本人なので、私にできることは「一緒に歌おうよ」とみんなを結びつけることなのかなと。何も知らない相手を批判することは簡単です。でも、そこに人間関係があれば、「相手を理解しよう」とする気持ちが生まれると思うんですよね。それが私にできる「平和」のための活動なんじゃないかと感じています。ロシアのウクライナ軍事侵攻だって、もしあなたにウクライナ人の友人が一人でもいたら、他人事じゃないと感じますよね?そうやって、世界中をひとつのコミュニティとして繋げていきたいです。

一緒に歌って平和に生きよう

――ゴスペル広場ではスタディーツアーを組んで、海外の支援先にも足を運んでいますね。最後に改めて、ジェンナさんがゴスペルを通じて目指すことを教えてください。

ジェンナさん やっぱり現地に行って自分が何を感じるかだと思うんですよね。自分自身、トーゴを訪ねた3週間で、その後の人生が変わるほどの経験をしていますから。そういう経験をひとりでも多くのメンバーに味わってほしいので、奨学金支援をしているカンボジアにも、フェアトレードを応援しているフィリピンにも必ずメンバーを連れて行きます。 カンボジアで出会った子どもたちの英語の先生とは今もFacebookでつながっていますし、フィリピン・セブ島の小さなコミュニティのお母さんや娘さんたちとはTikTokで交流しています。最初は支援する側・支援される側の関係でしたが、訪問後は友達としてやりとりする間柄になっています。

私たちの活動理念である“Sing in Unity, Live in Peace”(ひとつになって歌い、平和に生きよう)の通り、ゴスペルは一緒に歌った人をたちまち仲間にしてくれます。“Peace”には平和だけでなく、仲間との調和や心の平安などの意味もあります。私はこの言葉にすべてを込めています。ゴスペルとはつまり、そういう音楽です。

ゴスペルを歌うジェンナさん

ゴスペルを歌うジェンナさん

“Sing in Unity”(シング・イン・ユニティ=ひとつになって歌おう)プロジェクトの詳細はこちら

ひとこと 始終、とびきりの笑顔で答えてくれたジェンナさん。「過ぎたことは忘れるべし、明日のことは神に任せるべし、我を忘れてゴスペルを歌うべし、明るい気持ちで家に帰るべし」の4カ条の心得を、インタビューの後に何度も何度も思い返している。何かに追われるような毎日を元気に過ごす秘訣を教えてもらった。(M)

太田 阿利佐/長井 美帆子

太田 阿利佐:2022年3月よりAAR 東京事務局でプロボノとして広報業務を担当
長井 美帆子:2007年にAAR入職し、広報業務を担当

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