特別インタビュー Interview

企業の社会貢献活動をリード 横尾 博さん(イオンワンパーセントクラブ理事長)

2021年6月9日

企業の社会貢献活動が今ほど一般化していなかった1989年、その先駆けとして設立された「イオン1%クラブ」は、国際交流や教育、環境保護など幅広い分野で支援事業を展開している。AAR Japan[難民を助ける会]は東日本大震災の被災地復興支援、東南アジアの障がい者支援で、同クラブから継続的にサポートしていただいている。公益財団法人イオンワンパーセントクラブ(千葉市美浜区)の横尾博理事長に、イオンが目指す企業の社会貢献について伺った。

( 聞き手:AAR Japan 中坪央暁/2021年5月7日にインタビュー)


コロナ禍の子ども食堂を応援

――新型コロナウイルスの影響が広がる中、イオン1%クラブは日本国内の子どもたち、東南アジアからの留学生・技能実習生に対する緊急支援を実施されていますね。

横尾氏 今も世界中でコロナ感染が拡大し、私たちの想定を超える危機が続いています。こうした状況では、普段から社会的に弱い立場にある方々に、より大きな負担がかかる現実があります。大災害が起きた時と同じですね。イオン1%クラブでは昨年来、全国各地で「子ども食堂」を運営するNPO法人3団体に緊急支援金を贈るとともに、日本にいる留学生や技能実習生への支援として、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア、ミャンマー5カ国の在日大使館に500万円ずつご寄付しました。

家庭の事情で充分な食事をとれない子どもたちを支援する子ども食堂は、密を避けるために通常の運営ができず、難しい対応を迫られています。学校の休校措置で給食がなくなった時期は特にたいへんでした。私たちは子ども食堂を絶やしてはならないと考え、支援を必要とする家庭に弁当や食材を配るシステムをつくると同時に、コロナが終息した時に子どもたちが再び集まる場所を確保しておくために、お客さまにも店頭募金を呼び掛けて活動を応援しています。

また、主に飲食店のアルバイトの機会を失った留学生、受け入れ先企業の経営悪化で失業した技能実習生などから「生活が苦しいが帰国することもできない」という相談が各国大使館に多数寄せられていると聞いて、そうした若い外国人の皆さんの力になれればと、充分な金額ではありませんが、大使館を通じて当面の生活費をお届けしました。

コロナ禍におけるイオングループ全体の業績は、食料品など一部は売れ行きが好調だった半面、大型商業施設のテナント料の賃料減免、映画館や遊戯施設の休業や、東南アジアの店舗のロックダウンなどの影響を受けています。そんな状況にあってもイオングループの社会貢献活動はしっかり継続していこうと、今春から医療従事者を支援する募金活動を実施中です。

イオン1%クラブはグループ主要企業が税引き前利益の1%を拠出する仕組みなので、業績が良い時も悪い時も全体でゼロになることはありません。私たちは今般のコロナ禍を環境の変化に対応し、新しいことにチャレンジしていくきっかけとして、前向きに受け止めています。

若い世代の育成と国際交流に注力

――30年余りの歴史を持つイオン1%クラブの社会貢献活動についてご説明ください。

横尾氏 当財団はイオンの原点であるジャスコの誕生20周年を機に、当時の岡田卓也会長(現:名誉会長相談役)が「新生イオン」の新たな社会貢献として提唱し、1989年に設立されました。ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終わった年です。岡田会長は当時「これからは南北問題(先進国・開発途上国の格差問題)と地球規模の環境問題が世界の重要課題になる」と予見してイオン1%クラブを発足させ、翌1990年にはイオン環境財団を設立しました。まさに私たちが今日直面している課題であり、今から考えても非常に見識があったと思いますね。

イオン1%クラブは、次の時代を担う若い世代の育成、海外とりわけアセアン(東南アジア)諸国との友好親善の促進、地域の文化・社会の振興を3つの柱としています。前述した通り、グループの主要企業から税引き前利益の1%が拠出されていますが、そこには「利益を出せない企業は社会に認められないし、社会貢献することもできない」というメッセージが込められています。国内のグループ企業約150社のうち、累積損失がなく、税引き前利益1億円以上などの基準をクリアしてイオン1%クラブに拠出できるのは30~40社程度で業績によって毎年入れ替わります。

大規模災害が発生した際は、緊急災害復興支援としていち早く支援金を贈呈するほか、全国の店舗に募金箱を置いてお客さまからいただいたご寄付に、イオン1%クラブが一定額を上乗せするマッチング寄付の方式で、さまざまな活動に取り組む団体に寄付をしています。災害時の緊急募金のほか、目的が明確なNGOの活動への募金には寄付がよく集まる傾向があります。最近はキャッシュレス決済が進み、イオンの電子マネー「WAON」カードをお使いになるお客さまも増えて、従来のように少額のおつりを募金箱に入れる機会が減るのではないかと心配していたのですが、今のところカードでの買い物とは別に、現金を募金してくださる方が多く、大きな募金額の変動はありません。

職業訓練校の様子をAARのスタッフが説明している

AARがヤンゴンで運営する障がい者の職業訓練校を視察する横尾理事長(中央)。右隣はティーンエイジ・アンバサダーの高校生たち=2016年

 

東北被災地の「障がい者ものづくり」支援

――東日本大震災(2011年3月11日)から10年が経ちました。AARは発生直後に緊急支援活動の資金をイオングループから頂戴したほか、岩手・宮城・福島3県で今も継続中の障がい福祉施設への支援に対して、イオン1%クラブの「障がい者ものづくり応援募金」を通じて多大なご支援をいただいています。地域の障がい者が働く福祉施設で、損壊した施設・設備の改修や物品提供、新商品の開発、販路開拓などに活用され、関係者にとってかけがえのない大きな支えになってきました。

横尾氏 イオングループは発生翌日の3月12日に全国で店頭募金を開始し、お客さまや従業員の募金とグループ各社の拠出を合わせて、これまでに被災7県に総額64億円の復興支援金を贈呈しました。被災地の自治体の要請に応じて防寒着や子ども服、毛布、紙おむつなどをフル稼働で調達しましたほか、被災地にある店舗は一日も早い再開を目指しました。また、AARをはじめとするNGOにも復興支援金を贈呈し、現地での支援活動をサポートしました。一部のグループ企業も被災し、亡くなった従業員や家族もおられる中、まさにイオングループの労使が一体となって復旧・復興支援に取り組んだと思っています。

その後も、津波で多くの方が犠牲になった福島県南相馬市の海岸で「森の防潮堤」の植樹活動を地元の皆さんと一緒に行ったり、原発事故の影響を受けて屋外で遊べなくなった子どもたちの合宿を開催したり、さまざまな形で復興を後押ししてきました。

震災から5年経った2016年、緊急期から次のステージに移行する時期に、私たちは新たに「東北創生」の方針を掲げて、地域の産業振興をお手伝いする取り組みを始めました。被災地では防災インフラ整備が進む一方、他所に避難した方々が帰還できず、かつての賑わいを取り戻せないという現実があって、やはり地元の産業を振興して雇用を創出する仕組みをつくる必要があると考えました。原発事故の風評被害を受けたエリアを含めて、安全性を確認したうえで、被災地の産品を紹介する「にぎわい東北フェア」を全国の店舗で開催するなど、流通・小売のネットワークを生かした支援を行い、海外の店舗で東北の産品をPRしています。

AARの障がい者支援は、地域で暮らす障がい者の方々が働く場所を守る取り組みとして、たいへん重要だと考えています。「障がい者ものづくり応援募金」はお客さまから寄せられた寄付にイオン1%クラブが一定額を上乗せしてお贈りしており、毎年開催される贈呈式などの機会をとらえて、イオンの現地代表や社員が必ず施設を訪問するようにしています。私たちの寄付がどのような方々のお役に立っているのか、皆さんがどんなに頑張っておられるかを直接知ることで、改めて社会貢献の意義を実感できるからです。こうした訪問がきっかけになって、福祉施設で作られた商品を近くのイオンの店舗で販売した例もあります。今年はコロナの影響でオンライン形式の贈呈式になりますが、終息後は訪問したいと考えています。

障がいのある方々との集合写真

「障がい者ものづくり応援募金」贈呈式で岩手県大船渡市の福祉作業所「かたつむり」を訪れた横尾理事長(中央)=2018年

東南アジアの障がい者事業をサポート

――AARは同じくイオン1%クラブの「アジア障がい者支援募金」を通じたご支援をいただいています。私たちはカンボジアで障がい児のインクルーシブ教育や車いす普及支援、ラオスで障がいがある女性たちの小規模起業支援(キノコ栽培、ナマズ・カエル養殖)、ミャンマーで障がい者向けの職業訓練・就労支援や障がい児の教育・リハビリ支援を実施し、いずれも現地で高い評価を受けています。

横尾氏 私もAARがミャンマーのヤンゴンで運営する職業訓練校を訪問し、障がいのある方々が縫製や理容・美容、コンピューターの各コースで技術を学んでいる姿を見て、イオン1%クラブの寄付が現地でお役に立っていることを実感しました。イオンの現地社員も連れて行ったのですが、自分たちの仕事の意義を理解して誇りを感じたようで、訪問をきっかけに訓練校の布製品をヤンゴンの店舗で販売しています。ミャンマーは現在、厳しい状況にありますが、早く事態が落ち着くことを祈っています。

東南アジアの国々では日本のように福祉施設が整っていない所もあり、障がいのある子どもが学校で友達と遊べなかったり、障がい者が社会的に孤立したりして、非常に困難な状況に置かれています。AARが長年実施している支援事業は、そうした障がい者一人ひとりに手を差し伸べるたいへん意義のある取り組みだと評価しています。

諸外国との友好関係では、1990年に始まった「ティーンエイジ・アンバサダー事業」もイオン1%クラブの重要な取り組みのひとつです。国際感覚を持った若い世代の育成をメインテーマとして、日本と中国、東南アジア各国の16~17歳の高校生が毎年20人ずつ、日本と相手国を1週間ずつ相互訪問します。政府機関や学校の訪問、ホームステイなどを通じて、互いの社会や文化への理解を深めるプログラムで、20年間で18カ国・2,400人以上が参加し、友情を育んできました。10代の若者にとって海外経験は大きな刺激になり、高校卒業後に海外留学したり、後に外交官や国際NGOの道に進んだりした例は少なくありません。プログラムに参加したことがきっかけになって、日本でイオンに就職した中国の若者もいるんですよ。

事業創設30周年の2019年には、歴代アンバサダー251人が来日し、日本側の80人も参加して記念式典を開催したほか、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の実現に向けた「未来行動宣言」を発表しました。この交流事業は相手国の政府当局者も歓迎してくれていて、たとえ国と国が良好な関係にない時でも、若い世代同士の民間交流があれば、それが抑止力になって決定的な対立は避けられるのではないかと考えています。

――イオン取締役会議長を昨年退任され、現在はイオン顧問としてグループを率いておられますが、ご自身はどんな若者だったのですか。

横尾氏 私が大学に進学した1970年代前半は、大学紛争の騒然とした雰囲気が続いている時代でしたね。京都生まれですが、なるべく遠くに行ってみたいと思い、北海道の帯広畜産大学畜産学部に入学しました。4年生の後半になっても就職活動もせず馬術部にのめり込んでいましたが、ちょうどその時期、私の進路を心配した指導教官が「ジャスコが食肉加工場を建設する計画があり、人材募集しているから受けてみなさい」と勧めてくれて、面接に行ったところ採用され、入社後は店舗に配属され食肉の担当も経験しました。

その後、ミニストップやオリジン弁当などの経営を手掛け、イオングループ全体の経営を担うようになりましたが、私の企業人としての原点は「店はお客さまのためにある」という現場主義です。今はグループ内の経営人材育成機関「イオンDNA伝承大学」で幹部候補生の研修を指導し、イオンの理念を伝えています。

高校生たちが机に向かっている

タイ・バンコクの学校で交流するティーンエイジ・アンバサダーの高校生たち=2019年(イオン1%クラブ提供)

NGOとの協働を通じた社会貢献

――2030年に向けたSDGsの達成には、言うまでもなく企業の取り組みが重要です。イオン1%クラブとしての方針、そしてAARのようなNGOとの協働の意義についてお考えをお聞かせください

横尾氏 イオン1%クラブが誕生した30年前と今日では、企業を取り巻く時代背景もCSR(企業の社会的責任)活動も違ってきて、企業活動そのものが社会の課題を解決するウエートが高まっています。地球規模の環境問題はその代表的な分野でしょう。イオングループは環境保護、貧困や飢餓の解消、質の高い教育などSDGsが掲げる17の目標すべてにコミットしています。今や世界が直面する課題に取り組まない企業は社会に認められませんし、投資家も投資してくれません。企業も投資家も短期的な利益を求めるだけではない時代に近付いているのではないでしょうか。

他方、当財団のように会社本体とは別組織を設ける社会貢献の形も、従来とはニュアンスが変わり、CSR活動は別組織に任せるという方式ではなくなってきています。イオングループの場合、イオン株式会社のグループ環境・社会貢献部が全体を統括しつつ、イオン1%クラブとイオン環境財団がそれぞれ活動しています。

グループ各社は、CO2排出量を削減した店舗づくり、食品ロスの削減、生態系の保護に配慮した商品開発など、本業と課題解決を一致させる取り組みを全力で実践しています。植樹本数が累計1,000万本を超えたことを機に、「植える」「育てる」「活かす」活動として2013年にスタートした「森の循環プログラム」では、地元の方々が買い物に限らず、折に触れて集まっていただけるような森を創る活動を進めています。昔ながらの里山、あるいは鎮守の森のイメージですね。また、適正な森林管理による林業振興にも貢献したいと考え、植栽帯管理研修の実施や国産材木を有効活用した店舗の設計を進めています。

そうした取り組みに加えて、個々の企業では手の届かない部分、例えば障がい者支援や被災者支援といったところは、イオン1%クラブがカバーするという機能分担をしています。企業活動と財団の事業という両輪があってこそ、グループ全体として実現できることがあると考えます。これが企業の新しい社会貢献のひとつのスタイルではないでしょうか。

もちろん、そうした取り組みは私たち企業だけでは実践できず、AARのような現場の知見を持ったNGOとの連携は欠かせません。国内・海外の障がい者支援、被災地の緊急支援などの経験に基づく専門的な知識・情報を共有し合い、募金を通じて社会に広く呼び掛け、その寄付に一定額を拠出して必要なサポートをしていくという形です。NGOなど外部の皆さんとの協働によって、私たち企業としてもより有効におカネを活用し、社会貢献の幅を広げられるのではないかと考えています。企業とNGOの連携がますます広がっていくことを期待しています。

植樹された場所を上空から撮影

福島県いわき市で実施した植樹活動=2017年(イオン1%クラブ提供)

 

ひとこと カンボジアのアンコールワット遺跡を訪ねた10数年前、木立の中にイオンと記した石碑を見かけて「なぜここに?」と思った記憶がある。後にイオングループが日本とアジア諸国で植樹活動を展開していることを知り、横尾理事長に話を伺って、ようやく全体像を理解した。グローバルかつ継続的な社会貢献は、国内・海外300社を抱える巨大グループなればこその感がある。(N

中坪 央暁NAKATSUBO Hiroaki東京事務局

全国紙特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣で南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島など紛争復興・平和構築の現場を長期取材。新聞社時代にはアフガニスタン紛争、東ティモール独立、インドネシア・アチェ紛争などをカバーした。2017年11月AAR入職、2019年9月までバングラデシュ・コックスバザール駐在としてロヒンギャ難民支援に従事。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』(めこん)、共訳『世界の先住民族~危機にたつ人びと』(明石書店)ほか。栃木県出身 (記事掲載時のプロフィールです)

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