日本赤十字社元社長・現名誉社長の近衞忠煇(このえ・ただてる)氏が、5月23日夜、解離性大動脈瘤のため日本赤十字社医療センターにてご逝去されました(87歳)。心から哀悼の意を表しますとともに、ご遺族、関係者の皆様に衷心よりお悔やみ申し上げます。
近衞さんは1939年(昭和14年)5月8日、赤十字運動の創始者であり、赤十字の父とも呼ばれるアンリ・デュナンと同じ誕生日に生まれました。1964年の日本赤十字社入社以来、中立な人道主義を貫く赤十字活動に尽力され、2005年から2019年まで社長を、2009年から2017年まで、アジア地域出身者として初めて国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の会長に就任、8年にわたり世界の災害や紛争による人道危機に最前線で取り組まれ、同時に世界の人道支援体制の拡充にも尽力されました。核兵器に関しても、一貫して「人道に反する」という主張を唱え、核兵器禁止条約への日本の不参加を憂えておられました。
難民を助ける会とも浅からぬご縁がありました。日赤の社長ご就任前の時期ではありますが、難民を助ける会の年次総会でご講演いただいたことがあります。自分の家族や恋人・友人、身近な人の苦難に心を寄せる、人間だれもがもっている感情が「人情」、その気持ちを見ず知らずの赤の他人・外国の人にまで広げることができたならそれは「人道」である。「人情」を「人道」に変える橋渡しをするのが、中立な人道機関の役目であると、まだ駆け出しのNGO職員であった私に教えてくださったのは近衛さんです。
AAR主催のチャリティコンサートやイベントにも、ご令室の甯子様と何度もお運びくださいました。いつも遠慮がちに遠くからそっと見守ってくださるお姿が印象的でした。
2022年11月30日から23年1月18日にかけて、『読売新聞』の「時代の証言者 ぶれない人道主義 近衞忠煇」で、32回にわたりインタビューが掲載されています。(聞き手・構成:沖村豪編集委員)。このインタビューはその後、加筆・再構成され『近衞忠煇 人道に生きる』(中央公論新社)として2024年に発行されています。いずれの回も章も、忘れがたいエピソードがつづられていますが、その連載1回目の言葉を引用します。
「赤十字はボランティアが結集した世界最大の人道支援組織です。私は一人ひとりの思いを大切にするため、常に『Good Listener(よい聞き手)』であろうと努めました。『そんな受け身では国際社会で通用しない』と日赤の部下に心配されたが、192の国や地域の仲間は私を信頼してくれました。それぞれの相違点を見極め、その先の共通項を見いだす――。その地道な積み重ねが人道主義の第一歩になる、ということは言えるのではないでしょうか。」(『近衞忠煇 人道に生きる』11頁)
人道や国際人道法を踏みにじることが、あたかも国防であり、リアリズム(現実主義)であるかのように語られ始めた今、人道や国際人道法は、真のリアリズムとアイデアリズム(理想主義)から生まれたのだということを、近衞さんがなされたお仕事、貫かれた原則とともに思い起こしたいと思います。
改めまして心から哀悼の意を表します。
2026年5月25日
(難民を助ける会会長・日本赤十字社常任理事 長 有紀枝)

