活動レポート Report

夏の海辺で楽しく遊びました:福島「ワクワク子ども塾」

2023年7月26日

AAR Japan[難民を助ける会]は東日本大震災(2011年)の被災地・福島県で、子どもたちのための体験型イベント「ワクワク子ども塾」を2012年から開催しています。同県浪江町と相馬市で7月22~23日に開かれた第34回子ども塾には、計29人の親子が参加し、累計の参加人数はのべ1,000人を超えました。東京事務局の太田阿利佐が報告します。

AARの旗を持って記念撮影する参加者の子どもたち

植樹した花壇の前に集合した第34回ワクワク子ども塾の参加者たち

伝統の大堀相馬焼を体験

ワクワク子ども塾は当初、震災に伴って発生した福島原発事故による放射線の影響で、外遊びの機会が減った福島県東部の子どもたちに、同県西部にある西会津町の自然の中で伸び伸び活動してもらおうと始まりました。現在は地域交流や震災被害の風化を防ぐことを目的に1泊2日で実施しています。

初日は西会津町と浪江町に住む子ども8人と保護者6人が参加して、浪江町の伝統工芸品「大堀相馬焼」手づくり体験、東日本大震災遺構「浪江町立請戸小学校」の見学を行い、夜はバーベキューや花火を楽しみました。

焼き物体験では、講師の窯元・半谷秀辰(はんがい・ひでとき)さんから「大堀相馬焼は330年の歴史があり、江戸時代末期には約120軒の窯元があった。戦後は20軒ほどに減り、さらに原発の事故で全町避難となったため、今は7軒しか残っていない。本当に寂しいが、地域の人たちの応援を感じながら頑張っています」と説明を受けました。子どもたちは力を込めて硬い陶土を練り、マグカップやお皿をつくりました。

半谷さんと陶芸をする男の子

半谷さんから指導を受けて作陶に挑戦する子ども

野外でバーベキューのごちそうを配膳する男の子と、受け取る2人の女の子

子どもたちも手伝ってバーベキューをしました

津波被害の小学校跡を訪問

請戸小学校では、校舎の2階に張られた「津波浸水深ここまで」の表示に「こんなに高くまで海水が来たんだ」と全員が息をのみました。1階のどの教室も、壁も天井も無残にはぎとられ、水道の栓は津波の力でアメのように折り曲がっていました。子どもたちは時折、保護者に寄り添うようにしながら、真剣なまなざしで見学していました。西会津町から参加した小学校6年の星麟太朗さんの母・佳子さんは「請戸小の様子はテレビでよく目にしていましたが、実際に目にすると災害って“自分事”であり、自分たちも防災意識を高めなければと実感しました。家族だけではここまで足を運ぶことはなかったと思うので良い経験になりました」と話しました。

津波にさらわれて何もなくなった教室の中で、参加者の親子がじっと周囲を見つめています

津波にさらわれた教室を見つめる参加者の親子

カニ釣りなど通して交流

2日目は相馬市の5家族14人も合流し、松川浦環境公園の「そうま・にしあいず交流花壇」で記念植樹をした後、市内にある伝承鎮魂祈念館を見学しました。同市では津波などで485人が命を落とし、名前を刻んだ慰霊碑も建てられています。

午後は原釜海岸の磯辺で磯カニ釣りに挑戦。イカの足をつけた針金を岩の間に垂らすと、3センチほどのイソガニが次々と釣れ、「やった!」「すごい」と歓声があちこちで上がりました。

カニを釣りあげてピースサインをする女の子
針金でカニを釣ろうとする父親と、それを見つめる女の子

子どもたちは次々とカニを釣りあげました

浪江町から参加した小学校1年の井口紅芭(くれは)さんは、ひと回り大きいイワガニを釣り上げてにっこり。父の勇樹さんは「浪江の小学校はごく少人数。知らない子どもと話す経験をさせたくてこのイベントに参加しました。初めて会った子どもたちとすぐに仲良くなっていて安心しました」と語り、紅芭ちゃんも「また参加したい」と大きな声で言ってくれました。相馬市に住む保護者からは「近くに住んでいても、これまで海には来ませんでした。今日は子どもたちが海を楽しんでくれて良かった」との声が出ていました。

12年目を迎えた「ワクワク子ども塾」は今回で参加者数がのべ1,000人を突破。秋にはまた西会津町を訪れる計画です。AARは今後とも東日本大震災の復興支援を続けてまいります。皆さまの温かいご理解・ご協力をお願い申し上げます。

*この活動は皆さまからのご寄付とともに 公益財団法人住友財団からの助成金を活用して実施しています。

太田 阿利佐OHTA Arisa東京事務局

全国紙記者を経て、2022年6月からAAR東京事務局で広報業務を担当。

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