活動レポート Report

日本の方々に感謝 ある老婦人の祈り:ミャンマー地震1年

2026年3月26日

ミャンマー中部・マンダレーを襲った大震災(2025年3月28日発生)からもうすぐ1年。復興の足音が響く一方、紛争激化や政情不安で生活基盤が弱っていた地域だけに、被災による負担は人々に重くのしかかっています。AARはこの1年、マンダレー、ザガイン両地域の計5,154人に支援を届けました。特に経済的苦境に陥りやすい「障がい者世帯」には、ご寄付をもとに補助具や物資を届け続けています。ミャンマー駐在代表の山本慶史が報告します。

給油待ちの長蛇の列 中東危機の影も

車窓から見えるバイクの列

給油の順番を待つオートバイの長蛇の列=マンダレー市内で2026年3月

数百メートルはあろうかというバイクと車の長蛇の列――。「みんな、給油待ちだよ」。現地スタッフは苦笑いします。日中は40度近く、1年で最も暑い「暑季」を迎える3月上旬、ミャンマーの古都マンダレーにも、米・イスラエルによるイラン攻撃の影響が見られました。ミャンマーは燃料の約9割を輸入に頼っています。3月初旬から燃料確保策として、偶数、奇数日ごとに決まったナンバープレートの車しか走行できない車両規制が始まり、給油量も制限されています。

王宮跡の残るマンダレー市内中心部では、がれきの山が姿を消し、店や街路には活気が戻り、あちこちで新築工事が行われています。しかしよく見ると、大きな亀裂が残った建物や解体後の空き地が所々にあり、郊外では地震で傾いたままの家屋も見られます。

「人生が花のように香るように」

同市内の古い木造2階建てで暮らすドーセインアイさん(仮名)は御年100歳。平均寿命が60歳代後半のミャンマーではかなりの長寿です。長寿の秘訣を聞くと「あまり思い悩まず、周りの人たちと分かち合い、日々祈りをささげることです」と含蓄のある言葉が返ってきました。

歩行器を挟みコミュニケーションを取る二人

駐在代表の山本(右)の手をさすり、寄付していただいた日本の皆さんに祈りをささげるドーセインアイさん=マンダレー市内で2026年3月

彼女は、数年前に転倒して左の股関節を骨折し、もともと骨が弱く視力も低下していたため歩行器が欠かせませんでした。しかし歩行器は錆びついて壊れかけ、危険な状態でした。AARが支援した新しい歩行器を受け取ると、とても喜び、家族にも笑顔が広がりました。若い頃に日本人と会い、どう話しかけていいかわからなかったというドーセインアイさん。私(山本)が「ミャンマーの皆さんのために寄付をくださった日本の方々を代表して、お伺いしました」と伝えると、「こうやって日本の方と話せる機会にまた恵まれてよかった。日本の皆さん、本当に感謝します」と私の手をさすり、祈りの言葉をささげてくれました。

「皆さんの人生が水のように澄み、花のように香り、危険から守られますように」

「ヤービー(気持ちいい)」 車いすで5年ぶりに外に

木造トタン屋根の平屋で暮らすウーカンさん(仮名、78歳)は、激しい腰痛と神経の損傷などで自力で動けなくなり、ここ5年は寝たきりの生活でした。2人の娘のうちの1人は「私はキンマ(ビンロウの実)を売り、もう1人は公衆衛生局で補助的な業務をしていますが、収入が少なく、家計を支えるだけで精一杯。父のために補助具を買ったり、栄養のある食事を用意したりする余裕はまったくありませんでした」と話します。

ウーカンさんの写真

寝たきりだったベッドに腰掛け、車いすに見入るウーカンさん(左)。車いすを押してもらい、外気に触れて「気持ちいい」と喜ぶウーカンさん=マンダレー市内で2026年3月

AARが提供した車いすをスタッフが組み立てる間、ウーカンさんはベッドに腰を下ろしたまま興味深くのぞき込んでいました。家族とスタッフで介助し、車いすに乗せ、いざ屋外へ。近所の女性も含めみんなが代わる代わる車いすを押します。

「ヤービー、ヤービー(いいよ、気持ちいい)」。木々が広がる自宅周りの外気を吸い込み、ウーカンさんは何度も繰り返します。娘さんは感極まった様子で、父親を見つめていました。その後も毎日のように、家族や介助者と外へ出ているそうです。

貧困世帯に食料配付も

歩行器や車いすなどの補助具の耐用年数は1年から6年と言われます。購入後も体に合うように維持管理が必要で、買い替えには当然お金がかかります。

国連児童基金(ユニセフ)や世界銀行の調査(2025年)によると、ミャンマーを含む東南アジアの途上国において、障がい者が非障がい者と同じような生活を送るためには、世帯収入の約2割の追加費用が必要であると推計されています。多くの家庭では、医療費や通院の交通費で精いっぱい、補助具の更新や家屋のバリアフリー化は相当余裕がないと難しいのが実情です。マンダレーの場合、震災後に物価が2~3割上昇し、食事にさえ困っている状況がみられます。

障がい当事者の方たち

AARが配付した車いすに乗って、笑みを浮かべる女性(左)。新しい松葉づえで試し歩きをして「歩きやすくて助かる」と満足げな男性=いずれもマンダレー市内で2026年3月

右半身が不自由な障がい者の息子を持つ母親ダーインインさん(仮名、68歳)は、家族3人で、鉄道沿いのスラム街の小さなテントで暮らしています。家計を支える33歳の長女は、喫茶店で日雇いで働き、1日8,000チャット(約310円)を得ています。「収入が十分でなく、息子は診療所に行くこともできません。10%の高金利で借金をせざるを得ず、経済的な負担も大きくなるばかりです」とため息をつきます。

AARの支援チームは、特に厳しい状況におかれた世帯に食用油や魚缶、豆などの食料に加え、せっけんや洗濯洗剤などの衛生用品も配付しています。食料は約2カ月、衛生用品は5カ月持つ分量で、ダーインインさんは「この厳しい状況の中で、日本からの支援が負担をどれだけ軽減してくれることか」と感謝の言葉を口にしました。

ミャンマー地震被災者への支援は4月以降も継続します。マンダレーの空の下、一人でも多くの障がい当事者やその家族、地域住民が笑顔を取り戻せるよう、引き続き皆さまの温かいご支援をお願い申し上げます。

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山本 慶史YAMAMOTO Yoshinobuミャンマー駐在代表

全国紙、地方紙記者を経て2023年2月AARに入職、ラオス・ビエンチャン事務所駐在を経て、現在はミャンマー駐在代表。

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