
AAR東京事務局にて
会報やチラシの制作、SNS発信に取り組む。特定の活動への資金を一括でご寄付いただく「まるごとプロジェクト募金」も担当。
AARに入ったきっかけは?
大学で開発経済学を学んだことや、ベルギー留学中に難民支援のボランティアに取り組んだ経験から、いつか海外で活動するNGOで働きたいと思っていました。デザインやものづくりが好きだったので、AARの広報職員募集を知り「ぴったり!」と飛び込みました。
初出勤は2024年1月5日。能登半島地震の発生直後で、東京事務所では電話が鳴り響き、すごい勢いで仕事をしている職員を見て圧倒されたのを覚えています。
これまでで印象深かった仕事は?
広報職員として能登半島やフィリピン地震などの現場に赴いたことです。被災した街並みを目の当たりにした時はやはり衝撃を受けました。能登の仮設住宅で「困りごとはありませんか」などと一軒一軒訪問したのですが、明るく話してくださる方もいれば、ドアを開けた途端に気落ちしていることが分かる方もいました。被災者一人ひとりの状況や声をどうやってご支援くださる皆さまにお届けするべきか。「伝える」ことの難しさと責任を体で感じました。

フィリピン地震被災地の子どもたちと=フィリピン・ミンダナオ島で2026年6月
「まるごとプロジェクト募金」の担当もやりがいがあります。プロジェクトの資金を一括でご寄付いただく仕組みで、ご寄付が集まらないとその支援は実施できません。大口のご支援のためプレッシャーが大きい一方、実施が決定した時は天にも昇る気持ちになります。プロジェクト完了をご報告した時、支援者さまから「現地の人たちの役に立っていることが実感できて、嬉しい」との言葉をいただくと、私まで幸せな気持ちになります。

被災者に話を聞く桐生
2月の「大阪マラソン2026」にチャリティランナーとして出場、完走しました。
チャリティランナーが足りないと知り、勢いで参加しましたが、実は初マラソンでした。仕事帰りにジムで走っているのですが、ハーフどころか10kmマラソンも未経験。ただ「25km走れれば、フルマラソンも完走できる」と聞いていたので、自分も走れるかも、と思っていました。
ゴールまで6時間かかりました。
チャリティランナーは、AARへの寄付金を集めたうえで走ります。25km過ぎから太ももの付け根や足裏が痛みましたが、寄付してくださった方がいるんだからなんとしても走りきるんだ、という強い気持ちで走り続けました。「自分のため」より、「誰かのため」の方が力が出せるんだと驚きました。

AARでこれからやりたいことは。
国内外を問わず、様々な支援の現場で取材をしたいです。難民支援になじみのない人たちにも関心を持ってもらえるようなイベントも企画できたら良いなと思います。



