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解説コーナー Commentary

シリア難民問題―異なる利害が絡む泥沼の紛争

2021年8月2日

「アラブの春」が引き金に

2010年12月にチュニジアで起きた民主化を求める反政府運動は、同国に留まらずエジプト、リビアなどにも広がりました。「アラブの春」と呼ばれるこの民主化運動の波はシリアにもおよびました。チュニジアやエジプトと同様、シリアにも長期的政権が存在します。シリアの現大統領バッシャール・アル・アサドは、2000年に父親である前大統領のハーフェズ・アル・アサドから政権を受け継ぎました。ハーフェズ・アル・アサドが大統領に就任したのは1971年ですので、シリア危機が起きた2011年の時点で、2代40年にわたり、アサド政権が続いていました。

2011年3月に南部ダルアー市で起きた政権に対する抗議運動は、反アサド政権の運動へと形を変えていきます。政府は軍や治安部隊により抗議活動を弾圧しようとし、それに対して武装化した反体制派が蜂起し、暴力の応酬へと発展していきました。当初は「民主化を求める反体制派」と「アサド政権」の対立という構図でしたが、混乱がシリア全土に広がるにつれて、この構図は複雑化していきます。ロシア・イラン・トルコなどの諸外国が軍事的介入を始めただけではなく、アル・カーイダ系の戦闘員も他国からシリアに入り、戦闘に加わります。そして、少数民族のクルド系住民も自立の動きを見せ始めます。「シリア内戦」は単なる「民主化」を求めるための争いではなくなり、諸外国、イスラム諸勢力、民族などそれぞれに異なる目的を持った集団が、それぞれの利益の最大化を目指して争うものへと変化していきます。

様々な勢力や周辺国が介入

多くの勢力や集団が登場し、ある時は勢力を拡大し、そして弱体化していきました。「民主化」のシンボル的存在として注目された自由シリア軍は分裂を繰り返し、影響力を喪失しました。イラクで活動していたIS(イスラミック・ステイト)がシリアで急激に勢力を拡大し、その支配地域は一時シリア西部にまで及びました。そして、そのISに対抗するためにアメリカはクルド勢力を軍事的に支援し、クルド勢力はISを追い落とし、シリア北東部に割拠しました。クルド勢力の拡大を嫌うトルコはシリア国内に軍を派遣し、トルコ国境沿いのシリア北部地域をクルド勢力から奪い、トルコの支配地域としました。

「シリア危機」が発生してから10年以上が経ちましたが、シリア国内ではまだ戦闘が続いています。2021年6月現在、アサド政権がシリア中西部・南部など人口の多い地域を支配しており、クルド勢力がシリア北東部、イスラム主義勢力がシリア北西部、トルコが北部の国境地域を支配しています。アサド政権の優位は明らかな情勢となっており、今後その優位が覆る可能性は非常に低くなっています。アサド政権が今後も続くということは、もはや確定事項と言ってよく、その上でどのような和平合意がなされるかがポイントとなっています。10年間の紛争で、多くの国や勢力がこの紛争に関与してきており、利害が一致させることは非常に困難になっており、和平合意がなされるまでにはまだまだ時間がかかる可能性があります。

隣国トルコで暮らす難民367万人

トルコの難民キャプシリアから周辺国への難民の流出は、紛争が激化した2012年の夏以降本格化します。2012年4月には2万人に満たなかったトルコにおけるシリア難民は2013年の初めには約20万人と、1年未満で10倍以上となりました。その後も増加のペースは衰えることがなく、特に2014年から2016年にかけてIS(イスラミック・ステイト)によって引き起こされたシリア北部での戦闘の激化により、さらに大量の難民がトルコに流れ込んでくることになりました。その結果2021年6月現在、トルコでは367万人のシリア難民が避難生活を送っています。シリアは世界で最も多くの難民を生み出している国であり、トルコは最も多くの難民を受け入れている国です。

トルコでは、難民キャンプで生活する難民の割合は非常に低く(2021年6月現在、約1.5%)、難民は市街地に自分で家を借りて生活しています。そのため、街中でシリア難民を見かけるのは日常の風景となっています。シリア難民が経営するレストランなどの商店が次々に開店し、多くのシリア難民が生活するトルコ南東部では、街中にアラビア語の看板が並ぶようになりました。

トルコ政府はシリア内戦の初期から現在に至るまで、シリア難民の受け入れに寛容です。トルコ政府は「一時的保護制度」を制定し、登録した難民が医療や教育などの公的サービスを無償で受けられるようにしています。また、トルコ政府はシリア難民の就労の権利を認めるとともに、市民権の付与を進めています。しかし、この寛容な政策は必ずしもすべてのトルコ国民に支持されているわけではありません。シリア難民が就労することによりトルコ国民の就労機会が奪われている、シリア難民のせいで病院が混雑するようになった、などの批判があります。こうした批判はシリア難民に対する反感につながっており、シリア難民とトルコ人との衝突も発生しています。また、シリア難民は公的サービスを利用することが可能ですが、現実にはサービスの利用の仕方が分からない人が多く存在します。加えて、就労の権利を保障してはいるものの、実際に就くことのできる仕事は賃金の安い単純労働であることが多く、難民の生活基盤は不安定なままです。

2019年にトルコ・ドイツ大学が実施した調査*1によると「どういう状況であれシリアに帰るつもりはない」と答えた人の割合は51.8%でした。2017年の調査では16.8%だったので、シリア難民の多くが、シリア紛争が終わったとしてもシリアに帰ることをあきらめつつあることを示しています。それはすなわち、シリア難民は今後も長期間にわたり、トルコでの生活を続けていくということです。トルコ国民からの不満、シリア難民の生活の不安定さなど様々な課題がある中で、どのようにシリア難民をトルコ社会の中に恒久的に受け入れていくかが大きな課題となっています。

*1 Erdogan,M.M.(2020) Syrians Barometer 2019: A Framework for Achieving Social Cohesion with Syrians in Turkey, Turk-Alman University, pp.176

景平 義文KAGEHIRA Yoshifumiトルコ事務所

大学院で博士号(教育開発)取得後、ケニアでのNGO活動を経てAAR入職。東京事務局でシリア、南スーダン事業を担当し、2017年からトルコ駐在としてシリア難民支援に従事。

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