活動レポート Report

「子どもの健康が私の希望」:モルドバ医療支援

2025年9月30日

ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まってから3年半余り。故郷を追われ、病に苦しみながら、恐怖と不安の中で避難生活を続ける人々がいます。AAR Japan[難民を助ける会]は現地協力団体とともに隣国モルドバで、ウクライナ難民と地域住民200人に医療支援を届けました。モルドバ・キシナウ事務所の竹居志織が現地から切実な声を報告します。

UNHCR(国連難民高等弁務官)の最新報告によると、同国には2025年7月時点で約135,000人のウクライナ難民が滞在しています。以前と比べて落ち着いてはいるものの、毎月300〜500人の新規流入が続いています。難民の68%が女性と子どもで、40%は18歳未満の子どもです。さらに22%は障がいや慢性疾患があり、雇用機会や住宅の問題に加え、医療へのアクセスが喫緊の課題となっています。

毎月数百人規模の新規流入による既存の支援体制への負担は大きく、限られた資源と人材での対応が求められています。こうした状況に対処するため、AARは、ウクライナ難民および地元の脆弱な立場にいる方々を対象とした医療・社会的支援を、2024年からモルドバの首都キシナウで現地協力団体「Regina Pacis」とともに行っています。

自身と娘が病気を抱えるナタリアさん

「あの時の恐怖と絶望は、今でも言葉にできません」。ウクライナ難民のナタリアさん(70歳)は、こわばった表情で語り始めました。重い喘息の持病を抱える娘の命を守るため、命がけでウクライナ・ドネツク州からモルドバへの避難を決意したそうです。

医師の話を聞くナタリアさん

ナタリアさん(左)と医師のイガーさん=2025年8月21日

「娘と孫と一緒にモルドバ行きの列車に乗り込み、灯りがすべて消された狭い車内で声を潜め、1週間の道中、必死に国境を目指しました。自分たちが通り過ぎた地域が数時間後にミサイルで襲われたことを、後から知りました」とナタリアさんは言います。その瞬間の恐怖、決断の重さ、絶望と希望が交錯する感情が、言葉の端々からあふれ出し、緊張が伝わってきました。

無事モルドバに到着したものの、心筋梗塞の既往があったナタリアさんは慢性心不全になり、胸や背中の痛みで生活が困難になります。働くことができず、頼れるのはUNHCR(国連難民高等弁務官)からもらえるわずか約5千円(日本円換算)と教会の食料支援だけ。医療費を捻出する余裕はありませんでした。

そんな時、AARの医療・社会的支援センターの存在を知り、ナタリアさんは勇気を出してセンターを訪れました。センターで診察を受けた後、別の病院で健康診断を受け、さらに紹介された神経内科医のもとにも足を運びました。そして再びセンターに戻り、医師から処方された血圧を下げる薬を飲み始めました。日々の苦痛は少しずつ和らいでいったそうです。

「前は痛みで眠れない時もあったけど、今は眠れるようになりました。日々の生活が楽になりました!」とナタリアさんは、こわばっていた表情を崩し笑顔を見せてくれました。そして最後に、力強く語りました。「世界が平和になること、子どもが健康でいることが私の希望です。日本の皆さんに“ありがとう”と伝えてください」。

人工肛門を抱えるモルドバ人、マリアさん

マリアさん(52歳)はセンターの近くに暮らすモルドバ人で、大腸がんの手術を受けてからは人工肛門を抱えて生きています。「私の体は良くならない。毎日、高額なケアを続けなければいけないのです」と涙ながらに訴えました。

インタビューを受けるマリアさん

悲痛の思いを語るマリアさん

彼女のお腹には体外へ続く開口部があり、そこを覆うカバーを1日に1〜2回取り替えなければなりません。夏には臭いが強くなり、人前に出るのがつらいと言います。生活費が約1万7千円しかない中で、カバーの購入は大きな負担となっていました。

実際に使っているカバー

お腹の開口部を覆うカバー

日々の交換以外に対処法がないため、センターではマリアさんに無料でカバーを提供していました。「本当に助かっていました。けれどこの支援が終わることを考えると、不安でたまりません」とマリアさんは涙を流します。

それでも、彼女は最後にこう続けました。「日本の皆さんに感謝しています。ありがとう」。そして別れ際、マリアさんは私を抱き寄せて言いました。「あなたの幸せも願っています」――苦しみの中からあふれるその言葉に、胸が熱くなりました。

センターが居場所の男性、イオンさん

モルドバ人のイオンさん(72歳)にとって、センターは心の拠りどころです。彼の人生は30年前の交通事故で一変しました。妻や兄弟を失い、自らも腕や足を骨折する重傷を負い、当時の記憶の多くをなくしました。絶望の中でアルコールに頼るようになり、さらに腹部ヘルニアを患い手術を経験し、動脈性高血圧も抱えています。仕事を得ても帰る家はなく、職場で眠る日々が続いています。

センターで心理的・社会的支援を受けるようになって、イオンさんの状況は少しずつ変わりました。常駐する社会福祉士が医師と連携して、健康診断や食料支援につながる窓口を紹介しました。

「センターに来る前は、自分は心も体も病気でしかないと思っていました。でもここには悩みを真剣に聞いてくれる人たちがいる。今では、病気のことを重く考えすぎないようになりました」。話すたびにジョークを交え、過酷な境遇にもかかわらず場を明るくするイオンさん。別れ際にはにこやかにこう言いました。「日本の皆さん、ありがとう。いつか日本に行きたいです」。

センターのメンバーの写真

2025年8月21日、左から社会福祉士のナタリアさん、Reginaの職員のクリスティーナさん、イオンさん、医師のイガーさん

センターを支える専門家

センターでの活動を担うのは、医療や心理・社会的サポートの専門家たちです。社会福祉士のナタリアさんは、最も脆弱性の高い人々の選定、ニーズ調査、医療支援や他団体の支援との連携などを担っています。「貧困や心理的トラウマで困っている難民や地域住民が多くいる」と言います。

医師のイガーさんは病院で働くかたわら、センターでの医療支援を行っています。「センターでの支援は病院の診療と違い、患者と深く関わる機会です」と話します。「ここでは、必要な薬を提供するだけでなく、紹介先の手配や社会的支援との連携まで考える時間があります。診察だけでは届かない、生活全体を支える支援を行えることに大きな意義を感じています」。

戦争と病気による苦しみの中で、難民や受け入れ地域の人々は今日も必死に生きています。ご支援くださる皆さまの力が、確かに人々の生活をつなぎ、希望を生み出しています。AARのウクライナ難民支援に引き続きご協力くださいますよう、心よりお願い申し上げます。

ご支援のお願い

ウクライナ人道支援への
ご協力をよろしくお願い申し上げます。

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竹居 志織TAKEI Shioriモルドバ事務所

大学院で社会開発を専攻し、難民支援について研究。NPOで国際理解教育やコミュニティ開発等に従事した後、2024年にAAR入職。2025年5月よりモルドバ事務所駐在

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