活動レポート Report

涙も凍る「破壊と虐殺の町」厳冬下の今:ウクライナ危機1年

2023年1月16日

ロシアによるウクライナ軍事侵攻が2022年2月に始まって間もなく1年。開戦初期の攻撃で破壊された首都キーウ近郊のボロディアンカ、「虐殺の町」として知られるブチャを訪ねると、悲劇の舞台は厳冬期の1月、冷たい雪に薄っすら覆われていました。AAR Japan[難民を助ける会]東京事務局の中坪央暁が現地から報告します。


「この戦争はいつ終わるの?」

みぞれ模様の冷気の中、青と黄色のウクライナ国旗を先頭に、戦死した兵士の葬列が砲撃で崩れた建物の前をゆっくり通り過ぎていきました。楽団が奏でる葬送曲が哀しく流れ、立ち止まって地元出身の若者の死を悼む人々。涙も凍るような光景がウクライナのすべての町で連日繰り返されています。(現地の様子を動画でご覧いただけます)

ロシア軍の攻撃で崩壊した建物の前を進む戦死者の葬列の写真=ウクライナ・キーウ州ボロディアンカで2023年1月13日(中坪央暁撮影)

ロシア軍の攻撃で崩壊した建物の前を進む戦死者の葬列 =ウクライナ・キーウ州ボロディアンカで2023年1月13日(中坪央暁撮影)

首都キーウから北西に車で1時間半、キーウ州ボロディアンカは人口1万3,000人余りの静かな町です。軍事侵攻の最初期、キーウ包囲を狙うロシア軍の主要な進撃ルートに位置したことから、激しい砲爆撃を受けて多数の住民が死亡したほか、一時占拠された間に民間人の虐殺行為があったことが確認されています。瓦礫は撤去されたものの、市内の至る所で破壊された集合住宅、警察署、民家、商店などが今も無残な姿をさらしています。

砲撃で崩壊したボロディアンカの集合住宅の写真

砲撃で崩壊したボロディアンカの集合住宅

2人の子どもの母親オーラさんは「攻撃が始まってすぐに他所に避難しました。2週間後に戻ってみると、アパートは幸い無事でしたが、たくさんの建物や民家が壊され、見慣れた町の風景が一変していて……とてもショックでした」。今は市民生活が正常に戻りつつあるように見えますが、オーラさんは「電気が断続的にしか来ないし、暖房もありません。ガス台で調理しながら暖をとっています。少しずつ復興が始まったとはいえ、戦争が終わらないと安心できません」。話を聞かせてもらった御礼に日本の板チョコを手渡すと、「16歳の息子が日本文化に興味を持っているの。きっと喜びます」と笑顔を見せてくれました。

不安と絶望にさいなまれ続ける住民もいます。道端の小さな売店で昼食代わりのパンを買おうとした時、店の女性が問わず語りに話し始めました。「私には息子が2人いたけれど、ひとりは2年前、東部戦線で戦死しました。もうひとりも今、ロシア軍と戦っています。愛する息子を2人とも失ったら私は生きていけません」。誰かに話さずにはいられなかったのでしょう、女性は答えを求めるでもなく、涙ぐみながらこう言いました。「私たちは平和に暮らしたいだけなのです。この戦争は一体いつ終わるのでしょうか」

芸術家バンクシーがボロディアンカの廃墟に描いた女子体操選手の絵の写真

芸術家バンクシーがボロディアンカの廃墟に描いた女子体操選手の絵

 

復興に向けて支え合う人々

ボロディアンカに隣接する同州ブチャでは、ロシア軍が民間人400人以上を拷問・虐殺したことが確認され、国際社会に衝撃を与えました。ロシアは関与を否定していますが、路上に複数の遺体が放置された写真はロシア軍による戦争犯罪の決定的証拠とされ、「虐殺の町ブチャ」は軍事侵攻の残虐性の象徴として、その名を世界に知られるようになりました。

ブチャでも避難していた住民が町に戻り、商業施設や公共交通も機能しています。建物の再建も一部で始まっていますが、市民生活の破壊を意図したロシア軍のインフラ攻撃の影響は大きく、人々は厳冬期にあって電力や暖房の欠如に苦しんでいます。

砲撃で廃墟と化したキーウ州ブチャの商業施設の写真

砲撃で廃墟と化したキーウ州ブチャの商業施設

そんな中、助け合って町の活気を取り戻そうとする動きが見られます。この1月、商業施設の駐車場に中央アジアの遊牧民のテントが出現しました。建てたのはウクライナ在住のカザフスタン人を中心とする市民グループ。キーウやブチャなど全国6カ所にテントを設置し、地域住民が立ち寄ってお茶を飲みながら世間話をしたり、PCやスマホの充電をしたりする民間の公共スペースとして運営しています。

ウクライナ人ボランティアのビタリーさんは、カザフスタン出身の奥さんと一緒に活動を担っています。「地域の人たちが気軽に集まれる場所を提供したい。こんな時こそ皆で支え合わないとね。カザフスタンはロシアの同盟国じゃないかって? それは政治の話であって、ここでは誰もそんなこと気にしていませんよ」。高齢者の利用が思いのほか多く、おじいさんがスタッフと雑談しながらお茶を飲み、しばしくつろぐ姿が見られました。

ブチャに設けられたテントでお年寄りにお茶を振舞うボランティアの写真

ブチャに設けられたテントでお年寄りにお茶を振舞うボランティア

市内の集合住宅(団地)では、日本政府が越冬支援としてブチャ市当局に提供したディーゼル発電機が稼働していました。ここでは約1,500人が暮らす建物の配管に温水を循環させる集中暖房を行っており、発電機はボイラー室の熱源装置に電力を供給しています。ディーゼル燃料は地元行政が確保しているそうです。管理責任者のペトロさんは「この発電機は音が静かで性能がとてもすばらしい。真冬の最中に電力不足で困っていたので、本当に助かっていますよ。日本の皆さんにありがとうと伝えてください」と話しました。

日本政府がブチャ市当局に提供したディーゼル発電機と管理者たちの写真

日本政府がブチャ市当局に提供したディーゼル発電機と管理者たち

終わりの見えない苦境が続く中、ウクライナの人々は悲劇の記憶を忘れることなく、それでも前向きに困難を乗り越えようとしています。ニュースを眺めるだけの傍観者ではなく、同じ時代を生きる者として、私たちに何ができるのか。現場に立った今、改めて問い直しています。

       ◇

AAR Japanは2022年3月以降、ウクライナ難民・国内避難民や障がい者団体への支援に加え、来日ウクライナ避難民のサポートなどに取り組んでいます。危機発生から1年の節目にあたって、AARのウクライナ人道支援へのお力添えを重ねてお願い申し上げます。

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*日本外務省の海外安全情報(2023年1月現在)では、ウクライナは「レベル4:退避勧告」に該当しますが、AAR Japanは独自の情報収集に基づき、安全を確保して短期間入国することは可能と判断しました。AARは今後も万全の安全対策を講じながら、ウクライナ人道支援に取り組んでまいります。

中坪 央暁NAKATSUBO Hiroaki東京事務局

全国紙の海外特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣でアジア・アフリカの紛争復興・平和構築の現場を継続取材。2017年AAR入職、バングラデシュ・コックスバザール駐在としてロヒンギャ難民支援に約2年間携わる。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』、共著『緊急人道支援の世紀』、共訳『世界の先住民族~危機にたつ人びと』ほか。

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