誰も助けてくれず、ただただ目の前に汚れた水があるだけです―――。2022年8月頃に発生したパキスタン大洪水から約8カ月。国土の3分の1が水没したと言われるこの洪水では、国連報告によると2023年3月現在も約180万人が劣悪な環境で暮らしています。AAR Japan[難民を助ける会]はこのほど、甚大な被害を受けた同国南部シンド州と南西部バルチスタン州で現状を調査しました。AAR現地職員のムハンマド・イシュファーク、シーマ・ファルークが2回に分けて報告します。
井戸が壊れ遠くまで水を買いに
調査は2月下旬、両州の5つの行政郡を訪問し、20の小学校とその周辺地区でどんな支援を必要としているのか、教員や地域の代表者など約60人から聞き取りをしました。
「水も食料も家もトイレもない。農地や家畜を失い、生計手段もない。誰も助けてくれず、自分たちでどうすることもできません。目の前に汚れた水があるだけなのです」。シンド州ダドゥ郡の約300世帯の集落を代表するアンワル・アリ・ソランギさんは、悲痛な面持ちでこう訴えました。昨夏、アンワルさんたちの集落はすべて水没し、約1カ月間の避難生活を余儀なくされました。避難先から戻っても外部からの支援はなく、泥とレンガで造った住居は再建できていません。住民は壁や屋根が壊れたままの家やテントで暮らしています。
それまで使っていた手押しポンプの井戸もすべて壊れてしまったため、住民は約1キロ離れた少し大きな集落まで、徒歩やロバ、自転車、バイクなどで一日に何度も往復し、飲み水を買っています。井戸が壊れたままの被災地では、清潔な水を売る「水屋」ビジネスが行われているのです。
価格は約30リットルのポリタンク1杯で30ルピー(約15円)。一家族一カ月1万5,000ルピー~2万ルピーほど(約7,500円~1万円)で暮らす住民には、水を買いに行く手間と時間だけでなく、金銭的にも大きな負担です。今回の調査で話を聞いた被災者たちは、最大15キロ離れた場所まで飲み水を買いに行っていました。
マラリアやデング熱がまん延
訪問した20の集落すべてで、田畑や空き地などに洪水による茶色い水溜まりが残っていました。屋外での排せつが一般化しているうえ、家畜の死骸があったり、ごみが散乱していたりするため、汚水が流れ込んで悪臭を放っています。しかし、衛生知識が不十分なことと、清潔な水は貴重なことから、汚水の中で平気で遊ぶ子どもや服を洗濯する人の姿が見られました。
劣悪な衛生環境でマラリアやデング熱、コレラ、肝炎などがまん延しており、バルチスタンル州ソバットプール郡では、媒介生物による感染症の陽性率が74%に上ると報告されています。しかし、今回調査した小さな集落にはいずれも病院やクリニックはなく、病気になっても遠い町の病院まで行くか、自宅でじっと回復を待つしかありません。
子ども150万人が栄養失調
生計基盤も破壊されたままです。この地域の主要産業はコメや麦などの農業ですが、洪水によって農地が栽培に適さない泥に覆われてしまい、作付けができません。食料価格は昨年から50%も値上がりして十分な食料を買うことができず、パキスタン全土の被災地に住む約150万人の子どもが栄養失調状態にあると報告されています。
国連人道問題調整事務所(UNOCHA)のまとめでは、昨夏以降、国際機関やNGOによって被災者690万人に食料、340万人に住居、310万人に保健衛生の支援が届きました。しかし、食料支給など一時的な支援が多く、全く支援を受けていない人々も多くいます。
届かぬ支援にいら立ちも
「NGOや政府、国連……。いろんな人がここに来て、たくさん写真を撮って話を聞いていったが、それから何の支援も来ていない。あなたたちも調査はするけど、どうせ何もしないんだろう」。ある集落で話を聞いた男性は、私たちの訪問にいら立ち、声を荒げました。男性と話をして別れた後、悲しく、悔しい気持ちがこみ上げてきました。彼に「必ず支援します」と約束できなかったからです。どんなに約束したくても、実際の支援活動では資金を確保し、具体的な計画を立てる必要があるからです。
ご支援のお願い
パキスタン洪水被災者支援への
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※AARは東京都により認定NPO法人として認定されており、ご寄付は寄付金控除の対象となります。
ムハンマド・イシュファックノウシェラ事務所
大学院で地理学を専攻した後、約18年間、国内外のNGOで災害時の緊急支援や復興・防災支援に従事。2022年9月からAARに勤務。妻と子ども3人の5人家族。
シーマ・ファルークイスラマバード事務所
大学でパキスタンの政治や歴史、地方自治を専攻。欧米に拠点を置く国際NGO勤務や大学講師を経て、2016年8月からAARに勤務。夫と娘の3人家族。