活動レポート Report

楽しく学校に通っているよ ! :カンボジア障がい児支援

2024年7月9日

カンボジアでは障がいに対する根強い偏見と理解不足、貧困が相まって、多くの障がい児が就学できない実態があり、小学校未修了率は健常者を大きく上回る約55%(2019年国勢調査)に上ります。AAR Japan[難民を助ける会]は2013年以降、障がいの有無に関わらず、すべての子どもが一緒に学ぶ「インクルーシブ教育」の普及に取り組んできました。ジャーナリストでAAR東京事務局の中坪央暁が現地から報告します。

教室で書き取りをする男の子

プレイトム小学校の支援学級でクメール語の書き取りをする車いすの男の子=カンボジ南部カンダール州クサイ・カンダール郡で2024年7月3日

年齢と関係なく全員「1年生」

首都プノンペンの郊外、メコン河を渡った東岸に位置するカンダール州クサイ・カンダール郡。農村地帯にあるプレイトム小学校の障がい児支援学級では、年齢も体格もバラバラな児童12人が半円状に並べた机に向かっていました。女性教師2人が文字通り寄り添ってクメール語の読み書きを教えていますが、ノートに文字を書き写しているのは半数余り。残りの児童は車いすに座ったまま反応しなかったり、大声を上げて走り回ったりする男の子もいて、他の教室とは全く雰囲気が異なります。

支援学級に登録されている23人のうち、脳性まひなどによる身体障がいは7人、知的障がいや発達障害が16人。「年齢は6歳から20代までいますが、このクラスでは全員が小学校1年生なんですよ」と担当教師のマレットさん。授業内容は文字や数字の学習、歌や図画といった初等教育でも初歩のレベルです。それでも肩を寄せ合って書き取りしたり、休憩時間に歓声を上げながら級友の車いすを押して走り回ったり、仲間と精一杯、学校を楽しんでいる様子がうかがえます。

笑顔で車いすをおすこどもたち

プレイトム小学校で休憩時間に級友の車いすを押して走り回る支援学級の児童たち

AARはカンボジア政府が2000年代から進める障がい児教育支援の一環として、プレイトム小学校をはじめ同郡の小学校を対象に「インクルーシブ教育」推進事業を実施し、地元の行政・教育機関と協力しながら、教員の能力強化研修、校舎のバリアフリー化、保護者や地域住民に対する啓発活動などに10年余り取り組んできました。

AARと連携してきた同郡のホー・チャンマン教育局次長は「カンボジアでは障がいは感染症やカルマ(前世の悪行の報い)と信じられ、障がい者は価値のない存在として差別されていました。健常者の児童さえ小学校課程を修了できない状況にあって、障がい児の就学など近年までとても考えられなかったのです」と振り返ります。

AAR事業の支援対象校は2023年時点で同郡39校に拡大し、これらの小学校に通う障がい児は2013年の57人から2023年は184人まで増えました。障がい児教育に関する研修を受けた教員・行政関係者はのべ1,366人に上ります。学校現場では予算や人材が限られる中、試行錯誤が続けられ、障がい児が親の付き添いなしにトゥクトゥク(三輪タクシー)で通学できるように、交通費を助成する制度も一部で始まっています。

教室で授業を受ける2人の男の子

プレイチャ小学校の教室で最前列に座って授業を受ける弱視の兄弟=カンダール州クサイ・カンダール郡

他の児童と同じ教室で勉強

プレイチャ小学校の4年生の教室をのぞくと、いずれも極度の弱視の兄弟(10歳・9歳)が他の児童の2メートルほど前、黒板を見上げるほどの最前列に座って授業を受けていました。クラス全員で黒板の文字を読み上げた後、担任の男性教師が兄弟2人に同じことをもう一度、大きな声で話して聞かせます。

日本の学校では見たこともない光景に少し驚きましたが、学校側としては視覚障がいのある児童に対して今できる最大限の配慮であり、2人は「先生も友だちも親切にしてくれるし、学校で一緒に勉強できるのは楽しい」とはにかみながら話しました。

支援学級の障がい児のうち、通常のクラスに適応できると判断された児童は進級して一般の教室で勉強していますが、実際には難しい現実があります。プレイトム小学校の支援学級に2年間通った知的障がいの女の子(14歳)は、自宅近くにある別の小学校の通常クラスに移ったものの、他の児童にからかわれて暴力を振るったり、授業の邪魔をしたりしたため、保護者から「障がい児がいると迷惑だ」と抗議があって、2週間で「退学」させられてしまいました。

3人の女性が座って話している

知的障がい児の自宅を訪ねて個人授業を続ける教師のキム・リャンサーンさん(左)

ずっと家にいる女の子を心配して、AARの研修を受けた教員キム・リャンサーンさんが週1~2回、自宅を訪問して個人授業をしています。女の子は「学校に行って友だちに会いたい。動物が好きなので将来は獣医さんになりたい」と無邪気に話しますが、母親は「この子が小学校を卒業することはあきらめている。このまま家で面倒を見ながら、せめて手に職をつけさせたいのだけれど…」と顔を曇らせました。

障がいのある子どもを含めて、誰も取り残さずに包摂する「インクルーシブ教育」は目指すべき理想ですが、その実現は決して容易ではありません。それでも、教育関係者だけでなく、家族や地域の意識は着実に変わりつつあり、何よりも障がいのある子どもたち自身に「皆と同じように学校に通いたい」という気持ちがあります。まずは障がい児の就学が当たり前になることが、社会を変えていく大切なステップになるのだろうと感じました。

車いすに乗った子どもとつき添う男性

AARプノンペン事務所で障がい児支援を担当する職員のニエム・ダヴォット(中央)。自身も8歳の時に不発弾の事故で右腕を失った障がい者=プレイトム小学校で

AARはカンボジアの障がい児就学(インクルーシブ教育)を応援する「まるごとプロジェクト募金」を募集中です。皆さまのご理解・ご協力をお願い申し上げます。詳しくはこちらをご覧ください。

中坪 央暁NAKATUBO Hiroaki東京事務局兼関西担当

全国紙の海外特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣でアジア・アフリカの紛争復興・平和構築の現場を継続取材。2017年AAR入職、バングラデシュ駐在としてロヒンギャ難民支援に約2年間従事。2022年以降、ウクライナ人道危機の現地取材と発信を続ける。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』、共著『緊急人道支援の世紀』ほか。

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