ミャンマー西部ラカイン州で2017年8月、イスラム少数民族ロヒンギャが国軍・治安部隊の無差別の武力弾圧を受けて、70万人余りが隣接するバングラデシュに流入してから7年。ウクライナやガザ地区の人道危機に国際社会の関心が集まる中、累計100万人超のロヒンギャ難民は祖国に帰還できる見込みもないまま、世界から忘れられつつあります。難民キャンプの今を報告します。
遠のくミャンマーへの帰還
「犯罪グループが公然と活動してキャンプの治安は年々悪くなり、援助団体の支援も減っている。周囲にフェンスが張り巡らされ、以前のよう自由に外と行き来することもできません」。バングラデシュ南東部コックスバザール県に広がるクトゥパロン難民キャンプ。狭いエリアに60万人余りが密集する「世界最大の難民キャンプ」で、2017年から暮らす8人家族のアフメドさん(32歳)は話します。
大量流入から7年を経て、難民キャンプは閉そく感に包まれています。キャンプでは表向き正業に就くことが禁止されているため、アフメドさんは地元NGOの仕事を月に1週間ほど手伝って日当350タカ(約450円)を受け取り、配給以外の食材を買うなど生活の足しにしています。武力弾圧の際に銃撃で左眼を失明した妻は、「毎日ずっと家(小屋)にこもって、子どもたちの世話をする以外は何もやることがない」といいます。
今もミャンマーに帰りたいと願うアフメドさんですが、2021年2月に起きた軍事クーデターで民主化の流れが断ち切られて以降、国内は事実上の内戦状態に陥り、帰還できる見込みはありません。長引くキャンプ暮らしで一番の気がかりは子どもたちのこと。「NGOが運営する小学校レベルのラーニングセンター(仮設学校)はあるが、正規の中等教育や職業訓練は受けられない。私にとって子どもの成長は唯一の希望なのです。こんな所に閉じ込められたまま、子どもたちの人生を台無しにしたくはありません」。
故郷ラカイン州の情勢が悪化
5人家族のハシムさん(38歳)は、日当をもらっていた外国のNGOが撤退してしまい、現金収入を絶たれています。キャンプでは国連機関から1カ月1人当たり1,280タカ(約1,600円)分の食料が配給されますが、「ウクライナの戦争が始まった影響で、配給額を急に減らされた時は大騒ぎになりました」。先天的に左腕がない幼い娘の世話もあり、家族を守らなければならない家長として心配事は尽きません。
そのうえ、ロヒンギャの居住地域であるラカイン州北部では昨年来、仏教徒の少数民族ラカイン人の武装勢力「アラカン軍」と国軍の戦闘が激化。「焼き討ちや略奪が多発し、向こうに残った多くの仲間たちがアラカン軍に殺されている」とハシムさんは顔を曇らせます。また、ロヒンギャは1982年に国籍をはく奪され、国民と認められていないにも関わらず、劣勢にある国軍はロヒンギャを強制的に徴兵しており、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は「国軍とアラカン軍双方から迫害を受けている」と重大な懸念を表明しました。
インドネシアへの密航相次ぐ
バングラデシュは2017年当時、人道的配慮で大量の難民を受け入れたものの、政府にとっても地域住民にとっても、ロヒンギャ難民は一日も早く帰ってほしい「招かれざる客」です。同じイスラム教徒で民族的にも近いロヒンギャを「バングラデシュに定住させれば良いのではないか」という声は日本でもしばしば聞かれますが、同国政府はなし崩しの同化や国籍・居住権を決して認めず、国民感情も悪化の一途をたどっています。2020年以降は、ベンガル湾のバシャンチャール島に造成された収容施設(10万人規模)への難民の移送が段階的に進められてきました。
先行きが見えず絶望感が広がる中、一部の難民が密航業者の手引きでキャンプを抜け出し、ベンガル湾沿岸から粗末な木造船に満載されて、ロヒンギャに割合同情的なインドネシアへの渡航を試みる事態が相次いでいます。昨年11月以降、同国スマトラ島北部のアチェ州に密航船が次々と漂着して国際問題になったほか、今年3月には約150人が乗った船が漂流中にアチェ沖で沈没し、多数が死亡する大惨事も起きています。
ロヒンギャ難民を忘れないこと
こうした厳しい状況にあって、AAR Japan[難民を助ける会]は女性や子ども、青少年層を精神面でサポートしようと、国際NGO「Terre des hommes」(本部スイス)と連携し、当会が2019年に女性や子どものために開設した建物を多目的施設として共同運営しています。ここでは子育てや性暴力被害者のケア、女性の役割や権利に関する啓発セッション、メンタルヘルスの個別支援のほか、子ども向けのプログラムも実施されています。
世界各地で人道危機が相次ぐ今、100万人超のロヒンギャ難民は「自分たちが忘れられ、見捨てられつつある」ことを知っています。彼らの存在を忘れず、人道支援を先細らせないことが、日本をはじめ国際社会に改めて求められています。AARのロヒンギャ難民支援へのご協力を重ねてお願い申し上げます。
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