ミャンマーによる武力弾圧を逃れ、隣国バングラデシュに流入した累計100万人超のロヒンギャ難民が暮らす隣国バングラデシュの難民キャンプで、AAR Japan[難民を助ける会]は現地協力団体とともに、女性や若者、子どもたちが困難を克服する手助けとなる啓発プログラムを実施しています。大量流入から8年、継続的な取り組みの成果として、少しずつ人々の意識も変化してきました。元現地駐在で東京事務局の中坪央暁が報告します。
「より良い子育て」 学ぶ若い母親たち
「子どもたちを取り巻く環境には日常的にどんな危険がありますか?」というバングラデシュ人の女性指導員の問いかけに、「家を不衛生にしていると病気になりやすい」「交通事故に気を付ける必要がある」「誰かから悪い影響を受けたり、連れ去られたりしないように見守らないと」などの答えが口々に返ってきます。コックスバザール県テクナフ郡のジャディムラ難民キャンプにある多目的施設で、目元だけ出して黒いブルカをまとった12人の女性たちが車座になり、活発なやり取りを交わしていました。

AARと現地協力団体が運営する多目的施設で母親プログラムに参加した女性たち=バングラデシュ南東部コックスバザール県のジャディムラ難民キャンプで2025年5月14日
これはAARの現地協力団体Tdh(Terre des hommes/本部スイス)が開いている「効果的な子育て」研修会。屋根と壁に青いトタン板を張った簡素な施設は、AARが2019年に子どもの活動施設として建てたものが改修されて活用されています。
ここでは現在、成人男女や青少年向けに家庭内暴力や早期婚の防止、家族計画、安全・衛生管理、コミュニティへの貢献など幅広い啓発活動が行われ、2024年度はのべ約2,700人が参加しました。子どもたちが集まって自由に遊べる広いスペースもあり、母親たちが研修を受けている間、幼い子どもは隣室で仲間と遊んでいるので安心です。

母親プログラムの指導員(左)の話に聞き入る女性たち=ジャディムラ難民キャンプ
赤ん坊を抱いて参加したヤスミンさん(24歳)は、「ここで研修を受けるまで、家庭内暴力や望まない妊娠などの問題を全く知りませんでした。難民キャンプでは身代金目的の誘拐が度々起きていて、子どもたちを日々守る必要があることも学びました」。4人の娘を持つアラファさん(38歳)は「マレーシアにいる夫がちっとも送金して来ない」と愚痴りながらも、「ご近所に頼まれて針仕事をして生活の足しにしています。ここに集まって互いの心配事を話し合うだけでも気が楽になります」と話します。
難民キャンプに前向きなメッセージ発信
青少年向けプログラムでは、キャンプ内で横行する薬物の密売、人身売買、武装グループの衝突などの犯罪に巻き込まれないように注意喚起したり、ロールプレイングや演劇をしたりして、他者と理解し合いながらコミュニティに貢献していくことを学んでいます。難民キャンプでは、識字教育(ミャンマー語・英語)と算数という文字通り「読み書きソロバン」レベルの初等教育だけが認められ、正規の教育システムがないうえに、職業訓練や継続的な就労の機会もないため、特に10代の若者は無為に時間を過ごし、犯罪に巻き込まれる恐れがあります。

多目的施設のプログラムに参加する若者たち=ジャディムラ難民キャンプ
2017年に家族とともに避難して来たアジムさん(17歳)は、「向こうでは5年生(小学校相当)までしか行っていないんだけど、キャンプのラーニングセンター(仮設学校)では教師の助手をやっています。もちろん上の学校に進学したいですよ、でも、ここにはそんな機会はないから欲求不満を感じています」。それでも、さまざまなプログラムに参加して仲間と活動し、「お互いを尊重すること、協力し合うこと、それにコミュニティの大切さが分かったような気がします」と素直で明るい表情を見せました。
ロヒンギャの社会は伝統的・保守的な傾向が強く、AARが2019年に女性の活動施設を開設した頃は、必ずしも歓迎しない男性たちもいました。しかし、Tdhコーディネーターのシャダット・ホセインさんは、「ミャンマーへの帰還が見通せず、難民にとって苦しい状況が続く中、ここでの活動はひとつの前向きなメッセージになっています。とりわけ家の外に出て自由に活動する習慣がなかった女性たちの意識に変化が生じ、臆せず積極的に発言するようになりました」。最近ではコミュニティ内のもめ事を女性たちが仲介して解決した事例もあるといいます。

多目的施設に集まる子どもたち。両手でハート形をつくるのが流行のポーズらしい=ジャディムラ難民キャンプ
難民キャンプ内で野菜やコメ、衣料品、日用雑貨、軽食などを売る露店や市場を見て回って驚いたのは、ブルカを被った女性店主が普通に商売をしている姿でした。これは7~8年前はもちろん、3年ほど前にもほとんど見られなかった光景です。長引くキャンプ生活が快適なはずはありませんが、ミャンマーの農村で暮らしていては得られなかったであろう主体的な社会参加の意識が、女性たちの間に根付き、男性たちもそれを受け入れつつあることが見て取れました。

キャンプ内の露店の女性店主と女性客。以前には見られなかった光景=クトゥパロン難民キャンプ
国際社会の関心が薄れる中、ロヒンギャ難民の苦境は続いています。この啓発事業は「まるごとプロジェクト募金」などに皆さまから寄せられたご寄付で実施されています。AARのロヒンギャ難民支援へのご理解・ご協力を重ねてお願い申し上げます。
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ロヒンギャ難民100万人の衝撃(めこん、税込4,400円)元AARコックスバザール(バングラデシュ)駐在の中坪央暁による 日本初のロヒンギャ問題の専門書。多数のメディア・学術書で紹介・ 引用されています。

中坪 央暁NAKATSUBO Hiroaki東京事務局兼関西担当
全国紙の海外特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣でアジア・アフリカの紛争復興・平和構築の現場を取材。2017年AAR入職、バングラデシュ駐在としてロヒンギャ難民支援に従事。2022年以降、ウクライナ危機の現地取材と情報発信を続ける。著書『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』、共著『緊急人道支援の世紀』ほか。