フィリピン南部沖で6月8日に発生した大地震から3週間。被災地では政府から食料が支給されているものの、震源地近くの海沿いの地域やアクセスが困難な山間部にはいまだに十分な支援が届いていません。AAR Japan[難民を助ける会]は現地協力団体と連携して食料配付を行っています。緊急支援チームの桐生栞が報告します。

配付会場に集まった大勢の人々=サランガニ州グラン町6月26日
政府から配付される食料パックの多くは2〜3日分の量だといい、現地協力団体のPHILRADSは震災直後から、支援の届きにくい地域へ重点的に物資を届けてきました。AARとPHILRADSは、サランガニ州グラン町でのニーズ調査にもとづき、コメや缶詰、油やビスケットなどが入った食料パッケージ、飲料水、水を持ち運ぶための容器などを配付することに決めました。6月26日、家屋が全壊または一部損壊し、経済的に困難な状況にある約400世帯を対象に、これらのセットを配付しました。

配付した物資。フィリピンの1世帯(4〜5人)が1カ月ほど暮らせる量
配付会場となったのは、グラン町最南東の沿岸部に位置するバトゥラキ地区にあるバスケットコートです。支援物資が到着すると、集まった人々から喜びの声があがりました。人々は「ありがとう」と満面の笑みを浮かべながら、AARやPHILRADSのスタッフから物資を受け取りました。

物資を受け取り、笑顔を見せる女性
バトゥラキ地区は、漁業や農業を営む人々が多く暮らす地域です。ジェシルさんの夫も漁師でしたが、地震の影響で海岸の水が引いてしまい、漁ができなくなりました。「夫が職を失って、次の支援を待ち望んでいました。これまで受け取った食料は数日しか持たず、こんなにたくさんもらって本当に感謝しています」とジェシルさんは話しました。
ジェシルさん一家が暮らしていた地域は、地滑りの危険があるため立ち入り禁止になってしまったと言います。「怖くて家にはもう戻れません。避難所のテントはココナッツの葉で屋根を覆っているだけで、風が吹くと倒れてしまうし、雨が降れば浸水してしまいます。安全な場所で暮らしたい。それが今の一番の希望です」。目元を潤ませながら、ジェシルさんはそう話しました。

震災当時のことを語るジェシルさん(右から2番目)
ジェシルさんに話を聞いている間、小さな余震が起こりました。私にはほとんど感じ取れないほどだったのですが、ジェシルさんは一瞬で表情をこわばらせ、とっさに隣に座る女性の腕を掴みました。被災した人々のこころに深い恐怖が刻まれていることを感じた瞬間でした。
地震から3週間が経った今も、被災地では住まいや生活の見通しが立たない人が多くいます。AARは現地で変化するニーズを見極めながら、必要とされる支援を届けてまいります。AARのフィリピン地震緊急支援への引き続きのご協力をお願い申し上げます。
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桐生 栞KIRYU Shiori東京事務局
民間企業に勤務した後、2024年にAAR入職。広報コミュニケーション部で制作業務を担当。



